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山形地方裁判所 昭和44年(ワ)122号 判決

原告 青柳栄一

原告 青柳きん

右両名訴訟代理人弁護士 風早八十二

池田真規

五十嵐敬喜

風早二葉

被告 合資会社酒井製麺所

右代表者代表社員 酒井正一

右訴訟代理人弁護士 細谷芳郎

安孫子博

濱田宗一

主文

一  被告は、原告らに対し、各金四一七万四五一三円及びこれらに対する昭和四四年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告らに対し各金一、〇〇〇万円及びこれらに対する昭和四四年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告らは、亡青柳博(昭和二四年一〇月二八日生、以下「博」という。)の両親である。

二  被告会社は、麺類の製造、販売、委託加工及び製粉等を業とする会社である。

三  博は、昭和四三年四月、被告会社との間に雇用契約を締結し、以来同会社の住込従業員としてその業務に従事し、同年一二月当時は、麺類の製造及び販売の業務に従事していた。

四1  事故の発生

博は、昭和四三年一二月六日午前七時四〇分ころ、被告肩書地所在の作業場において、鈴木式スーパーミキサー(上部、下部のミキサーよりなり、上部ミキサーによっていったんねられた原料は、さらに下部ミキサーによって再びこねられる仕組になっている。以下、「本件ミキサー」という。)に、水、粉、そば粉を入れてこれを作動させ、次に上部ミキサーより出てくるそばを受ける下部ミキサーを点検中下部ミキサーに巻込まれ、中で回転している金具によって、上肢、顔面、胸部を鈍性に突刺入され、その結果鼻骨、上・下顎複雑骨折、頭蓋底骨折(直接の死因)、右上肢開放性骨折、右前膊骨折、右胸部多発性刺穿孔創(胸腔穿孔)の傷害を負って即死した。

2  事故の原因

(一) 本件においては博がいかなる姿勢でミキサーに接触したか、その際、そもそもミキサーは作動していたのか、あるいは停止していたものが突然回転したのか、直載的な事故の原因は、いかんながら明確となっていない。

(二) もっとも、原告らは、(1)本件スーパーミキサーの構造、(2)事故による傷害部位形状を検討し、(3)右構造の下で、右の傷害の発生する可能性をすべて検討した結果、本件事故は、博が掃除のため(あるいは何等かの他の事情があったのかもしれないが)一たんスーパーミキサーを停止させ、停止させた状態でミキサー内シャフトあるいは側面のステンレスを掃除していたところ、右ミキサーが(1)差し込み口からはずされていた電線が第三者によって差し込まれる、(2)切られていたスイッチが第三者によっていれられる、(3)振動、接触によって本件ミキサー附属のクラッチが入る等の原因により、突然いままで停止していたものが回転作動し、そのため博が巻込まれ死亡したのではないかとの疑を有している。以下、この点を検討する。

(1) 本件ミキサー(下部ミキサー)の構造について

(イ) 本件ミキサーの回転速度及び回転方向について

本件ミキサーは、上部は一分間に二〇回転、下部は一分間に一四回転している。すなわち上部は一回転するのに三秒、下部は四秒強を要することになる。後述のように下部ミキサーの心棒にとりつけられたシャフトとシャフトの間隔は、心棒の真中より左右辺で約六ないし九センチメートルであり、手の平の幅が通常人で約一〇センチメートル程であるから、仮りにシャフト附近に手を入れた場合には、手部分は四秒に一回位の割合でシャフトに接触することになる。このシャフトの回転方向は機械の前部より内側の方に回転している(以下、この回転方向を内廻りとする。)。従ってこの下部ミキサーは、内部に横に心棒があり、心棒に附属しているシャフトがゆっくり外から内側に回転しているものといってよい。

(ロ) 下部ミキサーの位置及び開口部について

下部ミキサーの最上部は床面より一メートルで最低部は床面より五三センチメートルのところにあり、右ミキサーは上部の方が広く下部の方が狭くなっておりその間は弯曲している。このミキサー上部には、縦一五センチメートル横七五センチメートルの開口部が存する。本件事故はこの開口部から巻込まれて発生している。

(ハ) 下部ミキサーの内部構造について

下部ミキサー内部にはミキサー低部より一二センチメートル(開口部より下に三五センチメートル)のところに横に心棒があり、この心棒には最低三センチ最高九センチメートルの間隔でシャフトがとりつけられている。シャフトはこれを断面でみた場合に心棒を中心にして五方にのびているように取り付けられている。この五方にのびたシャフトの長さは九センチメートルであり、前記開口部よりシャフト先端に達するまでの距離はせいぜい一センチメートルあるかなしかである。

以上からこの構造と作業の状態をつきあわせてみると、博はこのミキサーの内部に接触するには、前かがみになった状態で(ミキサーの高さ一メートル、博は身長約一メートル八〇センチ程度であるから、相当深い前傾姿勢になる。)、接触目的にもよるが、最短でミキサー底部に達するには右腕の肘位まで、心棒に達するには肘の半分位まで、シャフトの先端に達するには手首程度入れれば可能ということになる。

(2) 事故の状況

(イ) 本件事故による傷害部分は(a)右手甲の部分の圧挫創(b)右側前膊部の突刺入(c)右側上膊部の解放性、複雑骨折―これはねじまげられ切られたようになっている。(d)右肩つけ根付近の突刺入―これは四センチメートル以上はいり肺に達している。(e)右胸部多発性突刺入―乳から外側に一ヶ所、乳から内側に一ヶ所、胸部に一ヶ所存在し、これらはいずれも胸腔に達している。(f)左側顔面、鼻骨、上顎骨、下顎骨の複雑挫滅骨折でこれは頭蓋底に達している。(g)両側頭部に傷害部位は認められない。という状態で発生している。

(ロ) 本件事故発生直後の状況について、博の同僚の一人は、博の「アッ」という声ですぐ博の方をみた際、博の右側の上半身がかくれて、背中の左側を目撃しており、他の二―三人は、博が宙に浮いて臀部だけみえるような格好を目撃しているのである。

(3) 事故発生原因についての考察

以上の事実に基づいて、本件事故原因を考察すれば次のとおりである。

(イ) 本件ミキサーの回転作動中に博が手を入れる場合としては、第一は、手の平を外側ステンレスに接して(すなわち手の甲をシャフトの方に面して)すべりこませた場合(以下、(a)という)、第二は、手の甲を内側ステンレスに接して(すなわち手の平をシャフトの方に面して)すべりこませていった場合(以下、(b)という)、第三は、手の平を内側ステンレスに接して(すなわち手の甲をシャフトの方に面して)すべりこませていった場合(以下、(c)という)、第四は、ステンレスに接しないで、直接シャフトもしくは心棒に接しようとした場合(以下、(d)という)しか考えられない(手の甲を外側ステンレスに接していれることは右手の場合不自然かつ不能である。)。(a)の場合には、いかなる深部にまで手をいれようともどの時点でシャフトに接触しようとも、手の甲から腕までシャフトにまきこまれていくことは、回転方向が内廻りであることからして発生しえない。つまりこの場合には自然に手が抜けでるような状態になる。従ってこの様な状態は他の条件を検討するまでもなくありえない。(b)の場合には、手の平にシャフト痕が残存した場合には考えられるが、本件のようにシャフト痕が手の甲に存している場合には、全く考えられない。(c)の場合には、手の甲に傷痕が発生する可能性があり、本件事故がおこりうる。(d)の場合には、どのような場所でどの様に接触しようとも手の平部分に傷痕が残存するので(b)と同様全く考えられない。

(ロ) 以下(c)のような状態で本件事故が発生しうるかどうかを検討する。

第一に、(c)の場合は、現実にはこの部分は掃除の必要がないことからまず考えられないことであるが、とにかく右現実の問題を一応置いて考察を進めることにする。この場合には、右の手の平部分をステンレスに接触するには、手の平を完全に上にむけて、ミキサー中央付近よりいれる場合とミキサー右側部より腕をねじるようにして入れる場合の双方が考えられる。前者の場合は、手首が裏返しになっているため、深くは侵入しえず、従ってシャフトとすら接触しえず、仮に接触したとしても容易に抜き去ることが可能である。後者の場合、開口部が上部ミキサーの底部によってミキサーが圧迫されており開口部が外側に位置しているため、深部まで侵入することが腕をどのようにねじまげようと困難かつ不自然である。通常このような作業をする場合には、(b)の状態にした方が自然かつ深部まで侵入しうる。従って後者の場合にも、シャフト部分と接触することが困難であり、仮りに接触したとしても、指部分から接触が開始されるはずである。従ってこのような場合にも(2)(イ)(a)の傷痕は発生しない。(これには指部分の圧挫創は存在しない。)仮に右のような状態によって事故が発生したとしても、このような場合には、前膊部が次に圧縮されるはずであって同(b)のような状態は発生しえない(なお、この前膊部は単純骨折とされているが博のしていた黒い腕カバーに丸い穴があることからみれば突刺入が存する。)から(c)の場合にも本件事故の発生は不可能である。

(ハ) さらに回転中の接触事故とみるに困難な点は、第一に、回転が比較的緩まんであることから容易に手を抜きやすいこと、第二に仮りに手首が接触したとしても、肘もしくは腕のつけ根部分で傷害がくいとめられると考えられること。第三に本件開口部より頭部まで巻込まれていくことは困難であるということである。すなわち、本件ミキサーの開口部は縦が一九センチメートルである。人間の頭部及び顔面は縦約三〇センチ横一八センチメートルであり、この場合は両側頭部に抵抗接触部分が認められないことから顔を開口部に真横にしてすっぽり入っていったものと考えられる。このような状態は手首から順次まきこまれていった場合には考えられない。

(ニ) さらに付言すれば、前述のように「アッ」と声がした時点ですでに足を宙にうかして、頭部まで完全にミキサー内に没入していた状態は、手首から順に肘、腕、顔面、胸部とまきこまれていった状態とは全く異質である。つまり一回転四秒強もする本件ミキサーのような場合に手首から顔面、胸部までまきこまれるまでには、少くも一〇秒程度は要すると考えられる。そして通常は、手首がまきこまれ、瞬時に声を発生するのが常識である。事故発生直後の状況からしても、回転作動中の事故とは考えられない。

(4) 結論

本件事故は、回転中の接触事故によっては絶対に発生しえない。本件事故が発生しうるケースは、右手の手の平部分を内側ステンレスに、手の甲をシャフト部分にむけて、ミキサー内の深部―ミキサー底部、もしくは心棒もしくはシャフト下端―に接触していた場合にしか発生しえない。このような場合にはおよそミキサー内に没入し、顔面は開口部に接触するほどに深くおりまげられている状態である。そして、このような場合とは、ミキサーは回転作動している状態ではなく、作動していなかったミキサーが突然何等かの事情により回転したため、本件事故が発生したものである。

(三) けれども、本件事故当日の状態について、被告会社はその全事実を掌握し(あるいはし得た)ているにかかわらず、原告らが本訴提起して以来既に四年余も経過しているにかゝわらず、今日に至るまで何等の主張、立証をなしていない。しかもスーパーミキサーは解体されたまゝ被告会社に保存され、被告会社の工場内も、電気回路を含む、その他壁、床等の内装についても改編あるいは改装されている疑もあって、原告において右疑問を検証することは全く不可能に近いといってよい。

この被告会社の不誠実な態度に基因する原告の立証の困難さは、いわゆる水俣病、あるいはイタイイタイ病等の「公害裁判」の訴訟構造に近似するものといってよい。だから、本件事故の直載的な原因が解明されないでも、後述のように、博が本件ミキサーに接触するについて、被告会社がとるべきであった安全教育の欠如あるいは安全装置の欠如によって、被告会社の責任は免れえないのであり被告会社は博の死につき帰責事由のないことの完全な立証をなさねばならず、その立証がないかぎり被告会社は事故の直載的な原因についても、合理的な疑が存するかぎり、責任を帰せられるものといわなければならない。

五  責任原因

被告会社は、本件事故による損害を次のいずれかの法理により賠償すべきである。

1 債務不履行責任

(一)(1) 博と被告会社間の雇傭契約によって発生した博の労務提供の内容は、被告会社工場において麺類の製造及び販売の業務に従事することである。そして、特に麺類の製造が非常に危険を伴うものであることは博が非惨な死をとげた事実によって明らかなことである。他方、被告会社においては、そのような作業過程においてその危険を防止しうる地位にあるものである。このような地位関係にある場合において、各当事者が締結した雇傭契約の解釈としては、被告会社は、博に対して安全な環境設備を提供する義務を負い、その下で博は被告会社に対して労務提供をすべき義務を負ったものと解さなければならない。

(2) 仮に博、被告会社間の雇傭契約から直接に右解釈がみちびきだされえないとしても、信義則上当然右のように解釈すべきである。

(3) 仮にまた、雇傭契約の直接の解釈からも信義則からも右使用者の安全義務が認められないとしても、このような場合には、一般に、使用者は安全な環境を提供する義務を負い、被雇傭者はその中で労務を提供する義務を負うといった黙示の契約若しくは使用者において安全な環境を提供する義務を負うという黙示の承諾があったとみるべきである。

(二)(1) 前記(一)(1)を詳論すれば次のとおりである。

使用者と被傭者間の雇傭契約は、被傭者が労働力を提供して労務に従事する債務と使用者がこの労働力を受け取り安全に労務に従事させてこれに賃金を支払うことを内容とする双務契約である。

被傭者がその債務の履行として労働力を提供するため労務に従事する場合は、すべて使用者の設営にかかる設備の下にあり、使用者の支配命令の下にある。被傭者が労働の際に生ずる労働災害から身の安全を守ろうとしても、被傭者自身には自らの出捐によってその労働の場に変化を加える権限もなく、義務もない。この権限はすべて使用者の側に留保されているのであるから、使用者は被雇傭者が労働に従事しはじめてからこれを終って作業場から離れるまでの間、被傭者の身体・生命の安全を保持しながら提供された労働力を受けとらなければならない。賃金は労働力の対価であって、被傭者の身体・生命の危険の対価を含むものではない。

雇傭契約における使用者側の債務をこのように見ることは、憲法の理念に合致する。すなわち、使用者は憲法二八条によって労働者の生命、身体、健康を守るべき義務を負う。労働基本権を権利として確認するということは、その下部構造として一般国民と同じく、憲法二五条による生存権を確保し、さらに、社会的弱者である労働者に対して、上部構造として団結する権利、団体交渉権及び団体行動権を認めたものである。そして、労働者の生存権は、最低労働条件法定化の原則(憲法二七条二項)に基づき、労働基準法が実施確保され、さらにその最低労働条件を上まわる内容を労働者が団結と団体行動を通して実現してきたのである。従って、個別的な雇傭契約においてもまた、これらの歴史を背景として生存権理念が貫徹するのであり、これを使用者側から見れば、雇傭契約によって、被傭者の生存権を確保すべき義務、具体的にいえば、被傭者の生命、身体、健康を守るべく安全に働ける環境や設備を設け、管理、監督しなければならない義務(安全保護義務)を負ったものといわねばならない。労働基準法第一一九条による罰則強制は、この個別契約の内容を充実させるためその最低限を法定化したものであるから、ここでいう安全保護義務は、それらを上まわっていなければならないことは当然である。

仮に、雇傭契約の中に直接的に、生存権理念が貫徹しているものでないとしても、労働基準法によって、安全義務の最低レベルが罰則を伴って明示されており、使用者はその履行を強制されているのである。従って、各個別契約においてもまた、各種業務の内容に応じた最低基準を上まわる各種安全保護義務が契約に当然随伴しているものといわなければならない。

(2) 使用者が、被傭者に対して負担する安全保護義務の内容は、単に機械の操作方法を完全に教育指導するだけでは足りず、作業中もその動向に絶えず注意を払い、機械操作の習熟度、危険の有無等をも絶えず観察して指導すべきはもち論、危害を未然に防止するための装備をすべき義務であって、個々の被傭者の偶発的な不注意をも予想したうえで、なお不可抗力以外の労災死傷病事故を防止するための万全の措置を構じなければならない義務と解される。いゝかえれば、この義務は、市民法上の義務とは異なる、ほぼ無過失責任に近い義務であって、そのことは労働契約上の労働者の作業中における災害補償が、法の体系上「無過失責任」となっていることを考慮すれば争う余地の無いものと考えられる。

(3) 以上の法理に基づき本件を検討すれば、次のとおりとなる。

(イ) 安全教育の欠如ないし不徹底

博は、昭和四三年四月、山形商業高等学校を卒業したばかりの一九才の未成年者であり、本件ミキサーの操作については明らかに未熟であった(本件事故は、博が本件機械に従事し始めた一一月二四日ないしは二五日から僅か一〇日後の一二月六日に発生している。)。従って、被告会社は、まず、博に対し、本件ミキサーの操作方法について、充分な安全教育をすべき義務があった。しかるに、被告会社の安全教育は次のとおり不徹底で充分でなかった。

(a) ゴミの除却について

博は、他の男子従業員と共に、被告会社に住み込み従業員として働き、午前六時起床と共に、ときには食事もしないで作業に従事するよう命令されていたため、充分に意識も覚すいしないまゝ作業に従事することとなり、その結果事前の機械の点検は怠り勝ちになっていた。そればかりでなく、博等は、午前中に麺類製造の作業を終了し、午後は麺類の配送関係に携さわっていたものであり、その間ミキサーの設置してある工場では他人(通勤者)が他の仕事をしていたのであって、蓋のない本件ミキサーには博が午前中に掃除点検をしておいたとしても、その後いつでもゴミ等が混入する状態になっていた。このように、本件ミキサーの下部には、開口部を覆うふたがなく、常に開け放しとなっていたゝめ、外部よりゴミ等が入りやすく、事前にゴミを除却しないまゝミキサーを作動させ、作動中に手を突込んでゴミを除却するといった危険な事態も予想されたのである。従って、被告会社としては、機械の掃除についてはその前日に、作業後点検して掃除を完了するよう教育し、具体的な点検掃除方法についても教育する必要があったにもかゝわらず、その教育もせず、かつ実施する体制も存在していなかったばかりでなく、蓋を設置することすらしなかったのである。

(b) 機械の作動方法について

本件ミキサーの機能は、上部ミキサーが回転作動している場合には、下部ミキサーの回転作動は不要であり、逆に下部ミキサーが回転作動中は上部ミキサーの作動は全く不要な機械である。また、食品を生産する機械である本件ミキサーは、その衛生を保持するため、頻繁に清掃をしなければならず、その清掃のためには、本来別々に作動するようになっているのが望ましい。ところが、本件ミキサーは、モーター設置費用等を節約する趣旨からか上部ミキサーが作動すると下部ミキサーも同時に作動する機構となっているものであって、掃除の場合には危険、かつ不便であった。従って、被告会社としては本件ミキサーの性能を充分に博に対して熟知させ、作動後は一切機械に手を触れさせない等の教育をすべきであったにもかゝわらず、その教育をしていない。

(c) 機械作動開始の周知方法について

労働安全衛生規則第七三条は、「原動機又は動力伝導装置の運転を開始する際、これを関係労働者に予め周知するための、一定の合図を定めなければならない。」としているところ、被告会社においてはこれを実施しておらず、現に本事件の係属中の昭和四五年六月中、被告会社の安全管理についての責任者と目される酒井政輔自身が、右周知を怠って周知をしないで、スイッチを入れ、機械が作動しないものと思って作業していた女子従業員訴外川井ヨシ子に負傷させているのである。

(d) 動力伝導装置の停止設備の周知方法について

本件事故のような事故が発生した場合、できる限り速やかにスイッチ等を切って機械の作動を止めることが被害を最少限に食いとめる措置となる。労働安全衛生規則第七二条はそのため、「原動機もしくは動力伝導装置は、その運転を速やかに停止することができる装置を設置しなければならない。」とし、その場所、操作方法の全従業員に対する周知を予定している。しかるに、本件ミキサーと動力源を連結するスイッチもしくは差し込みの位置及び本件ミキサー自身に附属してある停止装置も周知されてはいなかった。

(e) 被告会社内に発生している労働災害とそれについての安全教育の欠如

被告会社において昭和四〇年ころ、従業員志田きみえが回転中の機械に接触し、フェインダーにより手指を骨折した労働災害について、博の直接の上司であった渡辺泰七すら、「階段からすべっておちた時のけがである。」と認識しているような状態であって、その安全のための教育は行われていなかった。

(ロ) 安全装置の不備

本件ミキサーには、ゴミ等の塵埃を防止すべき蓋(機械の構造上、その費用は極めて低廉であり、その設備もいとも容易であることが明らかである。)が設置されておらず、博は本件ミキサーを使用する度に掃除を余儀なくされていた。この掃除は塵埃を除却するためのものであり、蓋さえ設けておけば塵埃の入り込むのを完全に防止し得たのである。従って、蓋さえ設けられていれば、本件事故は、本来発生し得ないものであったのである。

(ハ) むすび

本件下部ミキサーの開口部に蓋が設けられていなかったこととその掃除体制についての被告会社の前記各欠陥は、本件事故にとって本質的かつ致命的なものであったといわなければならない。従って、被告会社は博の身体・生命の安全を保護すべき債務を履行しなかったことは明らかであり、被告会社が不可抗力を主張立証しないかぎり、本件事故による損害賠償の責を免れ得ない。

2 不法行為責任

(一) 無過失責任

資本主義が高度に発達し、近代的な企業が形成されるにしたがって、次第に労働災害が激発するに至った今日、使用者は企業より生じた危険に対し当然責任を負うべきであり、被傭者を企業の危険から守るべき高度の安全保護義務の遵守が要請されているのであるから、雇傭契約上の労働災害については、業務遂行上これに起因して生じた損害につき、使用者は、無過失責任を負うものというべきである。

(二) 土地の工作物責任

仮に、そうでないとしても、本件ミキサーは、被告会社の設置、保存にかゝる「土地の工作物」であり、その瑕疵に基づいて本件事故が発生したのであるから被告会社は、民法第七一七条第一項に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

本件ミキサーは被告会社の機械中、最も大規模かつ主たる機械であって、土地の工作物にあたり、前記のように塵埃の入り込むのを防止すべき蓋を備えず、またその作動を止めるべき装置が設置されておらなかったのであるから、その設置、保存に瑕疵があったことは明白である。

(三) 一般不法行為責任

仮に、以上の主張が認められないとしても、本件事故は次に記載するように、被告会社の過失によって生じたものであるから、被告会社は一般の不法行為責任を負わなければならない。

(1) 安全装備の不備

イ 本件ミキサーのような動力によって作動する機械装置で接触の危険のあるものについて、労働安全衛生規則第七六条は、「機械の勢輪、調車、歯車等で、接触の危険があるものは、覆をしなければならない。」(同旨第六三条、六四条、七一条参照)とされているところ、被告会社は、いとも簡単に設置できるにかゝわらず、本件下部ミキサーの開口部にこの覆を設置しなかった。

ロ 掃除等をする必要のある機械装置については、同規則第七四条によって、「原動機、動力、伝導装置又は機械の運転を停止して、掃除注油検査の作業をする場合には、必要ある部分の起動装置に錠をかけ、又は標示板を取り付ける等、他人がこれを運転して危害の生ずることを防止するため、確実な措置を講じなければならない。」とされているところ、被告会社は、これをしていない。

ハ さらに、動力によって運転する本件ミキサーのような場合、同規則第七五条により、「各機械毎に遊車、クラッチ、スイッチ等の動力しゃ断装置を設ける。」ことが原則とされているにもかゝわらず、これがされていなかったため、博は、上部ミキサー回転後、下部ミキサーにゴミ等の衛生にとって好ましくない附着物を発見した場合には、常に階段を登って全体を停止させなければならず、この労を避けるためつい上部ミキサーと共に回転作動している下部ミキサー内シャフトあるいは側面ステンレスの掃除を、回転しているまゝするようになりがちであった。

ニ さらに事故発生の場合、被害を最小限に食い止めるために、同規則第七二条は、「原動機又は動力伝導装置は、その運転を速かに停止することができる装置を設けなければならない。」とされているところ、被告会社はその設備をしないばかりかその体制が全くとられていなかった。

(2) 安全教育の不足(前記五1(二)(3)(イ)の(a)(c)と同旨)

六  損害

1 博の損害(逸失利益)

(一) 博は、昭和二四年一〇月二八日生れの健康な労働者であったから、もし本件事故に遇わなければ、今後四四年間にわたりすなわち、六三才まで就労可能であった。

(二) 博は、本件事故当時、賃金月額金二万二、〇〇〇円(いわゆるボーナスを含まない。)を得ていたものであり、毎年一〇%昇給するものとしてこれを加味すべきである。

(三) 博は被告会社に住み込み従業員として勤務し、本件事故当時、住宅費、食事費、光熱費等一切を含めて月額金四、〇〇〇円の経費を差し引かれていたから、賃金のほぼ四分の一程度を生活費として見るのが相当である。

(四) 以上の稼働可能年数、収入、生活費等を基礎として、博の逸失利益をホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を計算すると合計金五、三九一万八、三五六円となる。

2 原告らの相続

原告らは、博の前記損害賠償債権を二分の一づつ相続したので、各自金二、六九五万九、一七八円を得た。

3 原告らの慰藉料

博は、一九才という生涯における最も可能性をひめたその時に、本件事故に遇い、無惨な死をとげたものであって、その死による原告ら両親の精神的苦痛を慰藉するには各金三〇〇万円が相当である。

七  請求

よって原告らは、前記各合計金二、九九五万九、一七八円の各内金一、〇〇〇万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であり、本件事故後の昭和四四年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一の事実は認める、同二の事実中、被告会社が製粉を営んでいることは否認するが、その余の事実は認める、同三の事実は認める、同四1の事実中、博が昭和四三年一二月六日、被告会社の作業に従事中、本件ミキサーの下部ミキサーに巻き込まれて傷害を受けて即死したことは認めるが、その余の事実は否認する、同2(二)の事実は否認する。

二1  請求原因五1(一)に対して

被告と博間に成立した雇傭契約の労働条件は文書によって明示されなかったが、被告方の事業および工場はその規模において個人企業に等しい小さなもので、工場機械の設置状況、環境状況、勤務状況など一見してわかる状態にあったものであり、博は昭和四三年四月に就職してから本件事故が発生した同年一二月六日まで、被告方の労働条件につき異議の申立もなく、就労していたのであるから、前記雇傭契約によって合意された労働条件は博が事故によって死亡した当時における被告方の工場機械設備、勤務状況、環境状況そのまゝのものであったということが出来る。してみれば、本件事故当時、被告が博となした前記雇傭契約で合意された労働条件などにつき被告の不履行があったとは言えない。従って、本件事故は被告の債務不履行によるものということは出来ないのである。

2  請求原因五1(二)(1)に対して

使用者に被傭者の安全保護義務があることは認める。

3  同(2)に対して

(一) 使用者の安全保護義務の内容が「不可抗力以外の労災死傷病事故を防止するため万全であるべきもの」又「無過失責任に近い」ものであるとの主張は争う。

(二) 本件事故当時施行の労働基準法第四四条には、労働者は危害防止のために必要な事項を遵守しなければならないと規定され、同条違反の場合は同法第一二〇条第一項で刑罰を科されることになっており、又労働基準法第七八条には、労働者の重大な過失による業務上の負傷については使用者の補償義務が免除される場合があることを規定し、労働者災害補償保険法第一九条第二項には、労働者が重大な過失により負傷、死亡を生じさせた場合には、政府の保険金給付義務が減免される場合があることを規定している点から見れば、使用者の安全保護義務は被傭者の安全遵守義務と相まって被傭者の安全を期することを限度とするものである。

4  同(3)に対して

(一)(1) 同(イ)に対して

博は昭和四三年四月、山形商業高等学校を卒業して被告会社に就職したものであり、当時一九才であったこと本件ミキサーは使用開始後あまり日数がたっていなかったことは認める。

博はその生家も製麺業であり高校在学中からその手伝をしていたので、本件ミキサーと類似の麺こね機を使用した経験をもち、本件ミキサーの使用上注意すべき要点は充分承知していたものであるし、被告会社で本件ミキサーを使用し始めてからは、社長である酒井正一自身がこれを担当し、博を助手として手伝わせ具体的に同機械の使用法を教育したのである。

(2) 同(a)に対して

博が目も覚めないまゝ仕事にかゝるので機械の事前点検を怠り勝ちになっていたこと、本件ミキサーの下部ミキサーには蓋がなかったので、ごみが入りやすく、同機械の作動後、下部ミキサー内のごみを除去するため、手を差込むことも予想されるとの主張は否認する。

被告会社代表者酒井正一は、博に対して機械の掃除は機械にスイッチを入れる前に手帚でするようにし、スイッチを入れた後は絶対にしない様にやかましく教育していた。

(3) 同(b)に対して

本件ミキサーの上部ミキサーと下部ミキサーが同時に回転する仕組になっていることは認める。上部ミキサーと下部ミキサーとが同時に回転するから危険であるとの主張は否認する。

上部ミキサーに粉と水が入っていて下部ミキサーが空で回転していたとしても、その回転部分はステンレス製の容器内に包蔵されていて同容器の開口部は、床面上一メートルの高さにある横約七五センチメートル、縦約一九センチメートルの狭いものであるから、故意に右の開口部から手などを差込む場合以外にはこれによって危害を受けることは考えられない。また、下部ミキサーが実動し、上部ミキサーが空転する場合でも上部ミキサーの容器には丈夫な蓋がついているので何らの危険もないのである。機械作動中、機械に手を差出さないことについては、被告会社の社長がやかましく注意していたものであることは前記のとおりであるし、また、故意に機械の回転部分に手などを差込まないよう注意することは機械を使用する労働者の一般的な注意義務である。

(4) 同(c)に対して

被告会社では電動スイッチを入れる場合に一定の合図をして周知させる方法を実施していないとの点は否認する。

被告会社ではスイッチを入れる時には「オー」という合図をしてこれを周知させる方法を励行していた。

(5) 同(d)に対して

労働安全衛生規則第七二条の規定があることは認める。但し、この規定は原動機停止装置の設置義務を規定したものであり、被告会社はこの規定に違反していない。本件ミキサーに電力を取り込むスイッチは、関係者がよく知っていたものである。

(6) 同(e)に対して

原告らの主張は全部争う。

(7) 同(ロ)(ハ)に対して

本件下部ミキサーの容器の上部、横約七五センチメートル縦約一九センチメートルの部分はあいていて、その部分に蓋の設備がないことは認める。この蓋がないために博が作動毎に掃除をしなければならなかったこと、下部ミキサーに蓋がないことゝ博の受傷、死亡との間に因果関係があることは、いずれも否認する。被告会社が不可抗力を主張立証しない限り賠償の責任があるとの主張は争う。

5  被告に債務不履行による損害賠償義務はない。

(一) 使用者の安全保護義務が雇傭契約上の債務であるとしても、その内容は前記のとおり、被傭者の安全遵守義務と相まって被傭者の安全を期するに必要な程度のものと解すべきであり、原告が主張するような一方的なものではない。原告が、被告の安全施設、安全教育の不備として主張している事実は、右の基準からすれば使用者の債務不履行には該当しない。

(二) 仮に、原告の指摘する事実が使用者の債務不履行にあたるとしても、その不作為と本件事故との間に因果関係がない。

三  請求原因五2に対して

1 同(一)に対して

原告らは無過失責任を主張するが、労働基準法第八章災害保償並びに労働者災害補償保険法の適用ある限度は別として現行法上理由がない。

2 同(二)に対して

被告会社が使用していた機械には、縦型こね機、麺帯機、四段切出機など本件ミキサーより大きく且つ工場の床面に固定され、調帯によって原動機に連結している機械もあるので本件ミキサーはその規模において最も大きいものではない。また、本件ミキサーは昭和四二年に購入して、昭和四三年一一月中から被告会社製品の少数一部である日本そばの製造に使用し始めたゞけのものであって被告会社で使用中の機械の主力を成しているものではない。なお、本件ミキサーが仮に被告会社で使用する機械中最も規模が大きいものであり、かつ被告会社使用の機械中の主力を成すものであったとしてもこの事実のみを以って本件ミキサーを土地の工作物であるということは出来ない。本件ミキサーの本体は鈴木麺工業株式会社の製品であり、製麺業界で好評を博して使われていた機械であり、その本体は、高さ一一五センチメートル、巾八〇センチメートル、長さ一四〇センチメートル、これを四脚の台に乗せて使用した場合でも巾と長さは同じで高さが一六六センチメートルになるだけのものである。本件ミキサーの本体には直結のモーターがついているので、同モーターを電線で電源スイッチに連結さえすれば動力伝導装置を使用することなく運転出来るものであり、工場床面にこれを固定させる必要もなく自由に場所を移動して使用出来るものである。また、本件ミキサーの歯車などの危険な部分はすべて鉄製の覆で包まれており、上部ミキサーは上部に頑丈な蓋がついて居り、下部ミキサーの上部には横約七五センチメートル、縦約一九センチメートルの開口部があるが、容器内の回転部分がかなり深いところ(開口部のふちから約二五センチメートル以上下の方)にあるので、機械の回転中故意に右の開口部から容器内に手などを差し込まない以上は危険がなく、本件ミキサーの運転中は、上、下部ミキサーの底の口を開閉するクラッチレバーを操作するほか操作のため機体にふれる必要がないものである。本件ミキサーは以上のような構造と機能をもつものであり、これを工場内で運転する場合でも、労働者が故意に必要以上に本件機械に接触接近しさえしなければ全く危険のないものである。よって、本件ミキサーを土地の工作物と見る必要はない。

若し仮に、本件ミキサーが土地の工作物であるとしても同機械には民法第七一七条の規定によって被告会社が博の死亡につき損害賠償責任を負担しなければならないような設置保存上の瑕疵はない。すなわち、本件ミキサーの本体は全金属製であり、歯車などの危険部分は金属製のカバーで包まれており、上部ミキサーの容器には頑丈な蓋があり、下部ミキサーの開口部、横約七五センチメートル縦約一九センチメートルの狭いものであり、且つその容器内に包蔵されている攪拌機は開口部のふちから約二五センチメートル以上の底に近いところにあるので、故意にこの開口部から身体などを容器内に押込まない以上危険を受けるということはほとんど考えられないものである。その上本件ミキサーは直結モーターを備えているので、シャフト調帯などの動力伝導装置の必要がないものである。本件ミキサーは前にも述べたとおりその規模は大でなく、容易に移動出来るものである。事故当時における設備場所は他の従業員らが使用していた機械から離れて独立した場所に設置されており、専用の電源スイッチから電力を取っていたのであり、その設置につき危険を生ずるような状況にはなかった。また、同機械の整備状況は、使用開始して日なお新しいので新品同様に整備されており不備故障など何もなかったのである。従って、本件ミキサーの設置保存には何らの瑕疵がなく、被告には、民法第七一七条の責任を負ういわれはないのである。

本件ミキサーの下部ミキサーに蓋を設けていないこと、機械の作動を止めるべき装置を設置していないことは、同機械の設置保存に瑕疵があったのであるとの主張は否認する。

3 同(三)に対して

被告が博の死亡につき不法行為上の責任があるとの主張は否認する。

(1)(イ)の主張は、被告が本件ミキサー以外の機械の調車や歯車に覆をしなかったといっているのか、あるいは本件ミキサーの下部ミキサーの容器開口部に覆をしなかったといっているのか、明瞭でないが、本件ミキサー以外の機械についていうのであるとすれば、被告のこれらの不作為は博の死と因果関係をもたないものであり、また本件ミキサーの下部ミキサー開口部に蓋を設けないことをいっているのだとしても、右の開口部は前記のとおり、われわれの経験則と社会通念をもってすれば通常の労働活動をする労働者に対し、その生命を害するような結果をもたらすことまでは予想もされないところであり、従って被告の右開口部の蓋を設置しないことをもって博の死亡につき故意過失があったとは言い得ないところである。

原告らは、被告が機械を停止して掃除をする際にはその部分にかゝる起動装置につき錠をかけるとか、他人がこれを運転して危害が生ずることを防止するに充分な措置をとっていなかったと主張しているが、本件ミキサーは独立したスイッチから電力を取っており、同機械の起動は同機械に設置されている手元スイッチによってされるのであり、同スイッチは当時被害者の博のみによって操作されていたのであるから、原告らの主張するような事実があったとしてもそれが博の死亡と因果関係がないのはもち論、被告側に故意過失もないものである。

原告らは(ハ)で、労働安全衛生規則第七五条には、動力によって運転する機械には各機械毎に遊車、クラッチスイッチ等の動力遮断装置を設けることに規定されているが、本件ミキサーには上部ミキサーの部分にスイッチがあるだけであり不便だと主張するのであるが、本件ミキサーには機械毎のスイッチがついているので前記規則に違反していない。本件ミキサーの下部ミキサーにスイッチを設置してないことによって博の死亡に対し被告に故意過失があったことにはならない。

原告らが(1)で主張しているような事実があったとしても博の死亡に対し故意過失があったことにはならない。

その他二4(一)(2)(4)と同旨

四  請求原因六に対して

1 博の逸失利益についての原告らの主張は争う。

博は生家の製麺業を継承するために製麺技術の見習のため被告方に就職したのであって一生を給与生活者として送る公算はほとんどなかったのであるから、これに対し原告が主張するような計算をするのは余りにも現実離れしていて不合理である。

2 慰藉料の計算基準は不当である。

3 その他の主張は全部争う。

(被告の主張)

一  被傭者には、安全規則遵守義務がある。

本件事故発生の当時に施行されていた労働基準法第四四条は、「労働者は、危害防止のために必要な事項を遵守しなければならない。」と規定しており、同条違反の行為に対しては、同法第一二〇条によって刑罰が科せられることになっている。この規定は、被傭者が労働に従事するに当っては、工場内などの労働の場所および使用する機械などの状況に応じてこれらから自己の生命身体に対して危害を受けないよう自衛のための注意をする義務(仮に安全遵守義務と呼ぶ。)があることを前提としたものであると見ることが出来る。

二  被傭者の重大な過失ある行為による災害に対しては、使用者の責任は減免される。

労働基準法第七八条には、「労働者が重大な過失によって業務上負傷し、又は疾病にかゝり、且つ使用者がその過失について行政官庁の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。」と規定し、労働者災害補償保険法第一九条には、「労働者が故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は保険給付を行わない。労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、……負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となった事故を生じさせ……たときは政府は、保険の全部又は一部を行わないことができる。」と規定している。この両規定は、過失責任主義をとっている民法に対し、労働基準法は、同法第七五条以下の規定により、同法の定める限度内においてこれを修正したものであるが、労働者の故意又は重大な過失によって生じた災害に対しては前記のような例外を設けているものであり、労働者の故意又は重大な過失によって生じた労災については使用者の責任は減免されるべきものである。

三  本件事故は博の自損行為か、又は重大な過失によるものである。

1 本件事故は、運転を停止していた本件ミキサーに第三者が電力を入れたゝめに発生したものではない。

2 原告らは、本件事故は博が下部ミキサーを掃除していた時に発生したものであると主張しているが、本件事故直後に本件ミキサーの下部ミキサー内には掃除用の手帚が発見されなかった。

3 博を巻込んだシャフトを包蔵している下部ミキサーの開口部分は床面から一〇〇センチメートルの高さの個所に上向きに開いているもので、その大きさは横約七五センチメートル、縦約一九センチメートルの狭いものであって、人間の頭をこの部分から下部ミキサー容器内に入れようとするには、頭を横にして余程工夫して丁寧にしなければ入らないものであり、まして博が巻き込まれたときのように右上肢、頭部、胸部を一緒に入れるには、故意にしなければ到底入ることが出来ないものである。

4 若し、博が誤って手を右の下部ミキサーの中に差入れ、シャフトに巻込まれたものであるとするならば、同人の手は巻込まれるにしても、首、頭部及び胸部が右下部ミキサーの開口部のふちに妨げられて容器内に入らないので、頭や胸部までシャフトによる傷を受けることがないことは、われわれの経験則からして明らかなところである。

5 事故当時における博の精神状態は自暴自棄の状態にあった。すなわち、博の生家は、同人が被告会社に勤務する以前から家業不振に陥り、多額の借金を有し、そのうえ父である原告栄一が病気のため、博はひどく心を痛めており、昭和四三年五月、六月、七月ころにはそのために就労日の半分位も欠勤していた。また、博は、被告会社に勤務していた有夫で年上の女性Aと恋愛におちいり、家出して東京方面に出奔しようと考えていた程であり、全く自暴自棄になっていた。

6 そのため多くの人達は、本件事故は博の自損行為ではないかと疑っている。

7 仮に、本件事故が博の自損行為ではないとしても、その受傷の状態と、下部ミキサーの開口部分の広さを対比して考えると、博がその開口部から下部ミキサーの容器内に右上肢や頭、胸部などを無理に押込んで必要以上にシャフトに接近し接触したために巻込まれて生じた事故であることには間違ない。

8 してみれば、本件事故は博の故意か若しくは重大な過失によるものであるというべきである。

(被告の主張に対する反論)

一  博の傷害部位及び形状は、既に述べたとおり、(1)右手甲部分の圧挫創、(2)右側前膊部の突刺入、(3)右側上膊部の解放性複雑骨折、(4)右肩つけ根付近の突刺入、(5)右胸部多発性突刺入、(6)左側顔面鼻骨等の複雑挫滅骨折となっている。この傷害の部位及び形状は、右順序に従って発生したものであることは、ほぼ疑いないであろう。その逆は本件事故態様からしておよそ推測不可能である。被告は、「回転中のミキサーに頭から突込んだ。」と主張するが、博は「手から入っている」。前者は「自殺」を後者は「事故」を推測させること極めて明白であり、前者は客観的事実に反し、後者は客観的真実である。後者は「自殺」と無縁であるこというまでもない。

本件事故当日、博の動作、挙動等について、何等日常生活のそれとかわりなかったことは、被告会社の代表者、その息子である酒井政輔を含めて、既に明白となっていることである。のみならず、その前日、博は友人等とあっているだけでなく、山形地方郵便局に対し、金八〇〇〇円の郵便貯金をしている。右貯金は、生前博が原告等に対して話していたところでは、昭和四五年三月より開催される予定の「日本万国博覧会」見学の資金とするというものであり、博は、右資金のために貯金をする外、その入場券及びその費用計算等を行っている。事故前日にかゝる行為をしている事実は、「精神的においつめられており、苦しんでいた。」等という勝手気まゝな邪見を打ち砕くについて、十分に余りあるものである。

二  被告が、博の過失について具体的に主張するところは、「若し、本件事故が博の自損行為でないとしても、その受傷の状態と下部ミキサーの開口部分の広さを対比して考えると、博は、右開口部から下部ミキサーの容器内に右上肢や頭・胸部などを無理に押込んで必要以上にシャフトに接近し接触したために巻込まれて生じた事故であることに間違いない。」とするにある。しかしながら、右主張は、主張自体、何が重過失なのか不明確であるばかりでなく、事実主張においても誤りがある。

すなわち、本件は、右上肢からではなく、手首から巻込まれ、頭や胸部などがバラバラに巻込まれたわけではなく、手首・前膊・上膊・肩・胸・顔面がその順に従って、巻込まれたのである。従って、被告の右主張は、まず、それ自体失当である。

仮に被告の主張を手首を挿入したこと自体が過失であるとの主張に善解したとしても、回転中のシャフト附近に手首を入れるについては、被告も自白するとおり、「博が、本件ミキサーの運転を停止して、停止の状態で下部ミキサー内の掃除をするには、上部ミキサーに水を入れて階段をおりて来た博がその後、下部ミキサー内などを点検し、その中にゴミ等を発見してこれを取除く決意をし、それから階段を登って上部ミキサーのところに設置してある手元スイッチを切ってから階段を降りてきて、下部ミキサー内に体を押し入れて掃除するという順序をとらなければならないので、これに要する時間は、二―三分で終るものではない。」という面倒なことをしなければならないシステムになっており、機械の作動を停止しないで、しかも、前述のごとく、下部ミキサーの構造上ゴミ除去が可能とみえたので、手首を挿入したという状況は、容易に判断できるであろう。さらに、右回転中の機械に、手首を挿入してゴミをとらなければならない本件ミキサーの構造、及び労働基準監督官も指摘するところの、日常の管理体制の点検の欠如、そして、安全教育の不備は、原告の過失をではなく、被告の過失を立証するに充分である。

よって、被告の「重過失」の主張も又、理由がない。

第三証拠≪省略≫

理由

第一  被告会社が麺類の製造、販売、委託加工を業とする会社であること、博が、昭和四三年四月、被告会社との間に雇用契約を締結し、以来同会社の住込従業員としてその業務に従事し、同年一二月当時は麺類の製造及び販売の業務に従事していたところ、同月六日、麺類の製造作業に従事中、本件ミキサーの下部ミキサーに巻込まれて傷害を負って即死したことは当事者間に争いがない。

第二  博の死亡が本件ミキサー回転中の接触事故によるものかどうかについて

一  原告らは、第一次的に、博が死亡したのは、博がいったん本件ミキサーを停止させ、シャフトあるいは側面ステンレスを掃除していたところ、(1)差込み口からはずされていた電線が第三者によって差し込まれる、(2)切られていたスイッチが第三者によって入れられる、(3)振動、接触によって本件ミキサー付属のクラッチが入る等の原因により、突然回転作動し、そのため博が巻き込まれたからであると主張する。そして、回転中の接触事故とみることが困難な理由として次の諸点をあげている。(1)本件ミキサーの構造からすると、手の甲に傷痕が生ずる可能性があるのは、手の平を内側ステンレスに接してすべり込ませた場合であるが、そのうちでも手の平を完全に上に向けてミキサー中央付近より入れた場合は深く侵入しえず手を抜き取ることも容易であり本件事故は生じえないし、ミキサー右側部より腕をねじるようにして入れる場合は深部まで侵入することは困難であり、仮にシャフト部分と接触したとしても指部分から接触が始まり次に前膊部が圧縮されるはずであって右手甲部分の圧挫創、右側前膊部の突刺入の傷痕は発生しない。(2)回転が比較的緩まんであることから容易に手を抜き易い。(3)仮に手首が接触したとしても、肘もしくは腕のつけ根部分で傷害がくい止められると考えられる。(4)開口部から頭部まで巻込まれていくことは困難である。(5)他の従業員達が博の「アッ」という声で博の方を見た時、博は既に足を宙に浮かし頭部までミキサー内に没入していたが、手首から順に巻込まれた場合は本件ミキサーの速度に照してみても右時点で右状態は生じえない。

(一)(1)  ≪証拠省略≫によると、本件ミキサーの構造は、別紙図面のとおりであることが認められる。すなわち、下部ミキサーは半楕円型で上開きの状態で上部ミキサーの下に取付けられており、上からみると巾五二センチメートル、深さが四七センチメートルである。開口部は高さ一メートルのところにあり、横が七五センチメートル、巾が一九・五センチメートルである。開口部から深さ三五センチメートルのところに直径約四センチメートルの丸心棒が取付けてあり、その丸心棒には直径約一センチメートル、長さ九センチメートルの鈍性の丸棒が五方に取付けてある。上下各ミキサーは連動し、下部ミキサーの回転方向は、正面に向って右の方から見た場合時計の進む方向に回転するようになっていて、その回転速度は一分間に一五回である。

(2)  ≪証拠省略≫によると、博の受けた傷害の部位状況は、(イ)右手甲の部分に圧挫創、(ロ)右側前膊部の中央付近の尺骨等骨折、(ハ)肘裏側に圧挫創ないし突刺入、(ニ)右側上膊部の解放性複雑骨折(ねじ切られあるいは押つぶされたようになっている。)、(ホ)右肩つけ根付近の突刺入(四センチメートル以上入り、肺に達している。)、(ヘ)右胸部多発性刺穿孔創(乳首の外側の下側に一ヵ所、内側寄り上部に一ヵ所、胸部中央付近に一ヵ所存在し、肺胞の脱出部分がある。)、(ト)左側顔面、鼻骨、上顎骨、下顎骨の複雑挫滅骨折(頭蓋底に達している。)、(チ)頭蓋底骨折であり、(ト)(チ)の傷害と出血多量が死因となっていることが認められる。

(二)  本件ミキサーの構造に照すと、≪証拠省略≫に徴しても明らかなように、前記各創傷の状態からは回転継続中の接触事故によるものか停止していたのが突然回転作動することによって生じたものか判別し難く、ミキサー右側より腕をねじるようにして入れ、手の平を奥の方の内側ステンレスに接した場合、右手甲の部分の圧挫創、右側前膊部の傷は生じえないと断ずるのも早計である。そして、右手甲の部分の圧挫創の状態、右側前膊部及び肘部分の傷の状態、丸棒先端とステンレス容器との間隔は容器の側部底部との間で約三センチメートルしかないこと、上部ミキサーが開口部へせり出しているためシャフトが開口部より奥まった所に位置するうえ心棒の回転方向がミキサー右側からみて時計の進行方向であることからすると、手の甲前膊部あるいは肘部分に傷を受けて後は手を抜くことは難しかったであろうと推測され、また、右側上膊部の傷、骨折状態からすると相当強い力が加わっていることがうかがわれ、しかも、手腕が巻込まれるには深部まで挿入していたと考えられるところ、床から開口部までは一メートルあり開口部から心棒部までは三五センチメートルあるから博が長身であるとはいえミキサー右側から腕をねじまげるようにして横に入れ手の平を奥の方の内側ステンレスに接すれば肩のあたりまで容器内に入るであろうし、体全体が横向かげんになるだろうから肩や頭が開口部から中に入り易い状態にあったものともいうことができる。従って、肘や腕のつけ根部分で傷害をくい止めることは困難であったろうし、開口部から頭部まで巻込まれたのも不思議はない。更に、丸棒が突き刺ったままであったような傷の状態、個数をシャフトの状況に照してみると、手腕に傷を受けてから頭部の傷を受けるまで一回転を要したかどうかという程度であると推測されるが、一回転するのに要する時間は通常約四秒であり、しかも前記のとおり肩付近まで容器内に入っていて強く引きずり込まれたであろうことをも考慮すると、目撃者が博の「アッ」という声で博の方を振向いた時点で博が頭部を容器内に没入していたとしてもおかしくはない。

以上のとおりであるから、原告が回転中の接触事故とみることが困難な理由としてあげている事由は必ずしもあたらない。

三  本件全証拠によっても、本件ミキサーの運転が停止中であったことを認めることはできない。むしろ、≪証拠省略≫によると、博が巻込まれた後本件下部ミキサーを解体したとき、上部ミキサーの容器内には二袋分位のそば粉がそろそろこね上る状態で入っていたことが認められるが、≪証拠省略≫によると、当時本件ミキサーにはタイマーを設置していて一〇分間隔位でタイマーの音が出るようにセットしており、その音によってレバーを引いてこねられた製品を下部ミキサーに落すという法をとっていたことが認められるから、本件ミキサーは当時一〇分近い時間作動していたことが明らかである。

しかも、≪証拠省略≫によると、本件ミキサーを作動させるには、作業場西側にある電源のスイッチを入れ、更に南側にあるスイッチを入れ、そこの三相差込コンセントからコードによって本件ミキサーに接続していて本件ミキサーにもスイッチがつけてあったのでその手元スイッチを入れることにより作動するようになっていたことが認められるが、差込口からはずされていたコードが第三者によって差込まれ、あるいは切られていたスイッチが第三者によって入れられたことを認めるに足りる証拠もない。かえって、≪証拠省略≫によると、渡辺泰七は博の「アッ」という声を聞くや本件ミキサーに接続するコードが差込んである所に走って行きコードを引抜いたことが認められるから、コードが差込口からはずされていたことはとうてい肯認できないし、≪証拠省略≫によると、本件事故発生のころ、作業場に居た他の作業員達は本件ミキサーのある場所から離れた西側でそれぞれ別の仕事をしていたことがうかがわれるから、切られていたスイッチが第三者によって入れられたということもできない。のみならず、≪証拠省略≫によると、そもそも本件ミキサーの作動は本件ミキサーについている手元スイッチでするのが普通であることが認められるから、仮に博が作動を中止したとしても電源の方はそのままで手元スイッチでしたであろうと推測されるが、≪証拠省略≫に照すと、右手元スイッチが何らかの原因で独りでに入ったという可能性も極めて弱い。

四  以上よりすると、当時本件ミキサーは作動を継続していたと認めるのが相当である。

第三  博の死亡は事故死か自殺によるものかについて

≪証拠省略≫によると、博が死亡したのは午前七時四〇分ころの作業時間帯であり、被告肩書地所在の被告会社の作業場においてであることが認められ、博が死亡直前まで作業をしていたことは当事者間に争いがないから博の死亡は、一応業務中の事故といわなければならない。のなみらず、本件においては、本件ミキサーの開口部は狭くて肩や頭部が入りにくくしかも凶器となった丸棒は直径約一センチメートルの鈍性のものであって死亡することを確実に期待できるようなものではなく、自殺するのなら他に方法が諸々あるのであって敢えてこのような方法を選んだとは考えにくいし、手の甲に傷を受けていることからすると手の平はステンレスの方に向けていたものと推認できるが、これからするとステンレス容器に付着したゴミ等を除去しようとしていたのではないかとも考えられ、これらの事情をも考慮すると博はステンレス容器内のゴミ等を除去しようとしてシャフトに巻込まれ死亡したのであって作業中の事故死と見るのが相当である。

もっとも、≪証拠省略≫によると、本件事故直後、下部ミキサー内に掃除用の手帚が発見されなかったことが認められるが、手帚を使わずしかも相当深部まで手を入れたからこそ手を抜く間もなくシャフトに巻込まれたものと推認されるのである。

被告は開口部が狭いから頭を入れるには横にして余程工夫し丁寧にしなければ入らず、まして右上肢、頭部、胸部を一緒に入れるには故意にしなければとうてい入ることがない、首、頭部、胸部は開口部のふちに妨げられて容器内に入らないので頭や胸までシャフトによる傷を受けることはないと主張するが事故による場合もこれらの受傷が可能であることは既に述べたとおりである。更に、被告は、自殺であることを裏づける事実として、博は、生家が家業不振で借金に苦しみ、父である原告栄一が病気であったため心を痛めていたばかりでなく有夫で年上の同職場の女性と恋愛におちいり家出して東京方面に出奔しようと考えていた程で全く自暴自棄になっていたと主張し、証人江口スマ子、同高橋うめよの各証言によると、博はもともとはっきりしない性格であったが、昭和四三年九月ころ及び本件事故の日の何日か前には夜眠れないといって川原に行ったりしており、本件事故の日の五・六日前からは随分ふさぎこんで前屈みになって歩き、声をかけても見向きもしないような状態であり、事故の前日午後七時ころには同証人らに対し「困った、うちのお父さん気違いみたいになった。」とか「銭なくて銭工面して歩くみたいで頭さあがったみたいだった。」等と悩みを漏していたこと、同証人らは、次のような点から、博が同じ職場に勤めていた高校時代の先輩で一五、六才年上の有夫の女性Aと相当親密な間柄にあると感じていたこと、すなわち例えば、昭和四三年六月ころ、同人らがAに誘われて楯岡のバラ公園に行ったとき、栄一の具合が悪いということで会社を休んでいるはずの博が来ていて一緒に散歩したが、時々二人だけでどこかにいなくなったりした、同年九月末ころ熱川温泉に慰安旅行に行ったとき二人はいつも一緒だった、九月か一〇月あたりからは二人はほとんど毎日外で落合っていたようであった、一二月五日朝、前日夕方博が運転したあとの自動車内に和子のものらしい赤い靴下片方があった、博の葬式の際、和子は博の姉妹等と一緒の席に座っていた、以上のようなことから同証人らは博が自殺したのではないかと疑ったことが認められる。しかし、他方、≪証拠省略≫によると、博は、生前、昭和四五年から開催される予定の日本万国博覧会の見学を計画し、その入場券を入手し、費用計算等を行い、その資金にすべく死亡する前日には郵便局に金八、〇〇〇円預金していることが認められ、これらの事実に照して考えると、前記江口スマ子らの証言によって認められる諸事実から直ちに博の死亡は自殺によるものである旨の被告の主張を肯認することは難しく、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

第四  債務不履行責任

一(一)  生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務、いわゆる安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであるが、本件においては、博は被告会社と雇用契約を締結し特別な社会的接触の関係に入っているのであるから、被告会社は雇主として被傭者である博の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたといわなければならない。

(二)  右安全配慮義務の具体的内容は、当該具体的状況等により決せられるべきであるが、これを本件についてみると、博が開口部から手を差込んだ動機、本件事故の発生、後記二の因果関係の項で述べる諸事情を考慮すると、被告としては、開口部に蓋をしてゴミ等が混入しあるいは異物が入り込まないようにし、また、作業後清掃を完全に行える時間を設け作業後に清掃を完了するよう教育すべきであったといわなければならない。

被告は、使用者の安全配慮義務は被傭者の安全遵守義務と相まって被傭者の安全を期するに必要な限度のものと解すべきであり、そうだとすると、原告が安全施設等の不備として主張している事実は使用者の債務不履行に該当しないと主張する。しかし、被傭者の安全遵守義務が一般的に認められるものであるとしても、使用者の安全配慮義務は必ずしも被傭者が右安全遵守義務に違反しないことを前提にその限度でのみ認められるものではなく、使用者は、危険の発生が被傭者の注意力の偏倚、疲労その他の原因による精神的弛緩、作業に対する不馴れ等によって予想される場合をも含め、被傭者が作業の過程で接触するであろう危害発生の危険から被傭者を保護しなければならないと解するのが相当である。もとより、被傭者の不注意は過失相殺として考慮されることがあることはもち論である。

二  本件下部ミキサーの開口部に蓋をしていればゴミや異物が容器内に入り込むことはなかったであろうし、作業後清掃を完全に行える時間を設け作業後に清掃を完了するよう十分教育していれば、残留物が残ることもなかったであろうから、博がそれらのものを取除こうとして作動中の下部ミキサーに手を入れ死亡するに至ることもなかったはずである。そして、本件の場合実際には、≪証拠省略≫によって明らかなように、下部ミキサーの開口部には蓋がなく、本件ミキサー作業後も朝九時から夕方まで他の作業が続行されゴミ等が混入し易い状態にあり、また、作業後清掃を完全に行わないため残留物等が容器内に付着したままということもありうることであり、他方本件ミキサーは食品を製造するものであるからゴミ等が付着しているときはこれを取除こうとするのも当然である。博は、ゴミ等を除去するのに下部ミキサーのシャフトを回転させたまま、しかも手帚を使うことなく相当深部まで手を差込んでいるとみるのが相当であるが、前記認定事実、≪証拠省略≫によると、生そば等の製造にとって粉水等の配合やこねる時間は極めて重要な意味をもち、従って、一般に一旦作動させた機械は簡単には止めないこと、博ら住込従業員は午前七時ころから作業にとりかかっていたが、起床するのは六時半ころで、起床後直ちに作業にとりかかるのが普通で、運転中に点検することになりがちだったこと、手帚の使用等については個々の被傭者に委された形でなおざりになりがちであったこと、下部ミキサーはその回転速度、シャフトの丸棒の状況等からすると、手を入れても大丈夫なものと考え易い機構だったこと、博が本件ミキサーを担当したのは事故前一〇日前からにすぎないことが認められ、これらの事情のもとでは少なくとも、被告において、博がそのような行為にでることもあるであろうことを予見できたはずである。また、本件ミキサーの構造からすると、下部ミキサー内に手を入れた場合巻込まれて死亡するに至ることのありうることもまた予見可能であったといえる。従って、被告の前記債務不履行の事実と博の死亡との間には相当因果関係がある。

第五  損害

一  博の逸失利益

博が昭和二四年一〇月二八日生であることは当事者間に争いがないから同人は、本件事故当時一九才であり、昭和四三年の厚生省統計「簡易生命表」によれば、同人の平均余命は五二・一一年であることが明らかであって、その就労可能年数は四八年と認めるのが相当である。≪証拠省略≫によると、博の賃金は月額金一万五、〇〇〇円であったことが認められるが、将来被告会社を辞め他の仕事をしたとしても右金員相当の金員は得るであろうこと及び経済状勢の変化により労働者の賃金も上昇していることは公知の事実でありその上昇も、昭和五〇年までは確実なものとして昭和四三年から昭和五〇年まで平均一〇パーセントの賃金上昇を認めるのが相当である(原告らは、昭和五一年以後も同様である旨主張するが、現在の経済不況を考えれば同率の賃金上昇を恒常化、確実化するだけの資料もないから昭和五一年以後の賃金についてはその上昇を考慮しない。)。博が被告会社に住込んで食費等の生活費として月額金四、五〇〇円控除されていたことは≪証拠省略≫により認められるから生活費として別表記載の年収額の三分の一を控除しホフマン式計算により中間利息を控除して計算すると別表記載のとおり合計金四六九万八、〇五二円となる。

ところで、博が機械を作動させたまま、しかも手帚を使わず下部ミキサーの相当深部にまで手を入れた点は博の不注意といわざるをえないから、第四、二に説示した生そばの製造にとってこねる時間等は重要な意味を持つので一旦作動させた機械は止めにくいこと、ミキサーの運転中に点検しがちになりがちだった事情、手帚の使用がなおざりになりがちだった点、下部ミキサーが手を入れても大丈夫なものと考え易い機構だったこと、博の本件ミキサー使用の経験歴等諸般の事情を考慮に入れてもなお五割の過失相殺をするのが相当であり、従って、博の逸失利益は金二三四万九、〇二六円となる。

そして原告らが博の両親であることは当事者間に争いがないから、原告らは前記博の逸失利益の二分の一ずつ即ち各金一一七万四、五一三円の損害賠償請求権を各相続した。

二  慰謝料

≪証拠省略≫によると、博は四人姉妹の中の一人息子で一家の主柱となるべき者であったことが認められ、この事実に、博の年令、職業、先に過失相殺の点で考慮した諸事情のほか博本人の慰謝料の相続による請求をしていない点をあわせ斟酌すると、原告らの取得すべき慰謝料は各金三〇〇万円が相当である。

第六  むすび

以上によれば、被告は、原告らに対しそれぞれ前記第五の一、二の各合計金四一七万四、五一三円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四四年五月二三日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく右限度で理由があるからこれらを認容することとし、その余の各請求は理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野澤明 裁判官 小野貞夫 藤村啓)

〈以下省略〉

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